「……お見舞い?」
「そ。美奈が風邪で休んでるって話だから」
ということは美奈もバカじゃなかったってことね、と呟くレイ。
お前なあ、とまことは苦笑する。
「まあ、簡単に甘いものでも買っていこうかって話でさ」
「あぁ……じゃ、買って行くわ」
よろしく、と切れた電話に、レイはどこかもの寂しさを覚えながら受話器を置いた。
買っていくなら、まあプリンあたりかと思いながら家を出る。
境内の中を吹きすぎる風は、以前より随分と冷たくなった。
美奈子が風邪をひくのも無理はないな、とふと思う。
ゆるく巻いたマフラーを巻き直しながら、レイは階段を下っていった。
駅前の道を行きながら、ぽつりぽつりと点在する洋菓子屋をのぞいていく。
平日の夕方ということもあるのか、あまり品ぞろえの良い店はない。
その中で一度に五つ六つのプリンを求めようと思うと、なかなか見つからなかった。
「……まったく」
見つけた小さな洋菓子屋でプリンを買い求めると、レイはまことに告げられた待ち合わせ場所へ急ぐ。
少し前までハロウィン色に染まっていたはずの街並みは、すっかり緑と赤のクリスマス一色。
レイにとってみれば、まだ時期が早すぎるという感覚であったのだが。
そういえば、クリスマスツリーをノリノリで飾っていた人がいたか、と思い直す。
気が早いんじゃない、と問えば、そんなことない、と言い返された。
小さい頃にはあまりできなかったことだし、と言われてしまうとそれ以上何も言えなくなって。
彼女は慌てたように言い繕ったけれど、きっと本音はそんなところなのだろう。
子どもね、放っとけ、なんてからかいあったことを思い出していると、突然レイの顔をのぞきこむ本人の顔。
「よ、レイ」
「……何よ、いきなり」
「何って……なんかぼんやりしてたからさ」
軽く笑ってレイの言葉をかわすまこと。
まさか、あなたのことを考えていたなんて言えない。
どこか幸せな気分に水を差された気分で、レイはまことに視線をやる。
その飄々とした様子に、わずかに苛立っていたのもバカらしくなってくるから不思議だ。
「……うさぎは?」
気分を変えようと質問すると、まことはあっち、と指さす。
遠目にも目立つお団子頭が、派手にぴょんぴょんと跳ねている。
「……子どもね」
「いいんじゃないか?可愛い可愛い」
笑顔で手を振る彼女の横顔を見ながら、レイの心がさざ波立つ。
あぁ、また。
墓穴を掘った気分だった。
「……そう、ね」
「あ。……妬いた?」
「……自惚れないで」
図星であることをごまかそうと、レイは歩を進めていく。
それでも、待てってば、と追いかけてくるまこと。
コンパスの長さでは、彼女に敵う訳もない。
たまには放っておいてくれていいのに、と思うことはあるのだが。
それでも、自然と"追いかける"という行為を選ぶ彼女に、子どもっぽい苛立ちはどこかえ消えていた。
「急ぎましょう」
「ん?そうだね、亜美ちゃん一人じゃ大変だろうし」
言いながら、二人はうさぎと合流する。
人懐こい笑顔で、なんの屈託もなく二人の間に飛び込んで来るうさぎを、レイは意外にも冷静に迎え入れられた。
「じゃ、行こうか」
背の高いまことがそう言って、うさぎと共にまことの後ろをついて行く。
その大きな背中を見ながら、そして隣ではしゃぐうさぎを見ながら、レイはふと気付いた。
もしかしたら、自惚れているのは自分の方かもしれない、と。
「で?何買ってきたんだよ?」
突然前を歩くまことが振り返り、一瞬どきりとしたことは表情に出さずにおいた。
そんなところまで察せられてしまうのは、なんだか悔しい気がしたから。
「プリン。……別に、珍しい物でもないでしょう?」
"プリン"という単語に反応し、うさぎの瞳がキラキラと光を帯びるのが見えた。
それを眺めるまことの微笑も、目の端にちらりと映った。
「風邪なら、ちょうど良いかと思って」
「そうだね。プリンなら、みんな好きだしさ」
レイはそこまで甘い物を好く方ではないのだが、プリンは嫌いではない。
ただ甘いだけでない、どこかほろ苦いあの味が。
向こうに着いてみれば、出迎えてくれたのはやはり亜美だった。
美奈子は寝てしまったと、どこか疲れた表情。
「あれ、亜美ちゃんも熱があるの?」
「え?そ、そんなことは……」
うさぎの問いを否定する亜美ではあったが、レイの目から見てもなんとなくその顔は熱っぽく感じられた。
ただそれは、風邪などという外的な原因から起こるものではないようにも見える。
「……何か、あったのかな」
「……さあ……」
小声でまこととレイは互いに首をかしげる。
美奈子と亜美が二人の時に何かあったのかもしれない、ということはすぐに察しがつくのだが。
「大方、美奈が何か変なことでもしたんでしょう」
「ま、そんなところだろうけどさ」
言いながら、三人を招き入れる亜美を眺める。
「さっきまで起きてお昼も食べたんだけど……」
今は寝てるのよ、と三人はリビングに通された。
レイは手に持っていたプリンの箱を冷蔵庫へ入れようと、台所に立ちいる。
亜美が先ほど料理したということを聞いていたせいか、まだ微かに熱がこもったままのキッチン。
ぱかりと冷蔵庫を開け、どこか欠けた雰囲気を感じてふと手を止めた。
日持ちのする食べ物ばかりが並ぶ中で、卵だけがなんだか異質な気にさせる。
お茶でも淹れようとやってきた亜美をちらりと見て、やがてレイは手を止めた。
「亜美ちゃんて、料理もできるんだ?」
「え?……まあ、そこそこ……」
まこちゃんには敵わないけれど、と言いながらも台所での彼女の手際は軽やかだ。
確かに頻繁には料理をしないのかもしれないが、全く経験がない、というわけでもなさそうで。
卵でも使ったのかと聞けば、卵粥をね、という返答。
なるほど、なんだか懐かしい料理の名前に、心の奥底で何かがちくりと光ったような。
「美奈ったら、寝相が悪いから……」
風邪をひくのも仕方ないわね、とぼやく横顔も、そこまで迷惑そうではない。
もともと面倒見の良い亜美のこと、もしかしたら誰かを看病するのも苦ではないのかも、とレイはふと思った。
「本当、器用なの……」
人数分のカップを手に取っていると、亜美が何かを思い出したように笑みをこぼす。
「器用?」
美奈子の様子を思い浮かべ、彼女の"器用"と呼べそうな部分を思ってみる。
しかし、レイの記憶には、その言葉に相応しい場面など浮かんでこない。
「寝相がね……たぶん、悪いことには変わりないと思うんだけど」
美奈子の寝相を詳しく語り始める亜美。
ベッドの端に丸まって、逆の端に毛布が丸まっているなんて。
あぁ確かに器用だな、と思う反面、そこまで美奈子のことを見ている亜美にもおかしさがこみ上げてくる。
「私がいるときはかけ直してあげられるんだけど……夜は、そうもいかないでしょう?」
学校から帰った時もそうだったのよ?と言われ、その光景が目に浮かんだ。
加えて、やれやれといったように布団を直す亜美の様子も。
「本当、亜美ちゃんって優しいわね」
「……そう……?」
そんな時、シュー、と音を立てて、やかんが白い息を吐く音。
そういえば、と思い出したように亜美が紅茶やコーヒーの準備を始める。
気づけば、まこととうさぎの談笑も向こうから聞こえてくる。
「ちょっと、美奈の様子を見てきてもいいかしら?」
「えぇ、こっちはやっとくから」
ぱたぱたと走っていく小さな背を見ながら、レイは笑った。
さりげなく愛されている、その背中を。
「何にしても、元気そうでよかったな」
この時期になってくると、いよいよ陽が落ちるのも早くなってくる。
冷たいけれど、まだ柔らかさも残したような風に吹かれて、隣を行くまことの髪がふわりと膨らんだ。
「プリンもしっかり食べたし」
「そう、ね」
亜美が二度目に様子を見に行ってみれば、美奈子はぼんやりとだが起きていたらしく。
結局、のそのそと起きだして来て、レイが買ってきたプリンなんかは軽く食べてしまったわけで。
「ねえ、まこと?」
「ん?」
どうした、とこちらを向くその顔は、いつもと変わらず優しい。
春の陽だまり、それとも……秋の、夕暮れか。
「あなたも、人のこと言えないわよ?」
「えっ……寝相?」
「……まあ……」
なんだよそれ、と頭を掻いて照れるまこと。
照れている場合じゃないでしょうと言ってみるが、まことはだってさ、と言葉を継ぐ。
「寝顔を眺めるなんて、良い趣味じゃん」
「……誰も、寝顔を眺めてるなんて言ってないわよ」
言って、まことの額を指ではじく。
いて、と顔をしかめるまことだが、それもどこか喜んでいるような表情。
「美奈も、たぶん同じ理由で風邪ひいたんだから」
あなたも風邪をひかないとは限らないわ、と釘を刺すが、緊張感のないまことの顔は緩んだまま。
「その時は、レイが看病に来てくれるんだろ?」
「……期待しないことね」
「はは、期待しとく」
言って、ゆるゆるとした彼女の歩みが止まる。
もう別れ道なのか、とはたと気づいた。
「……じゃ、また」
「……え、えぇ」
ひらりと手を振って去っていく彼女の背。
ふわふわと揺れるポニーテールを見ながら、今一度美奈子の寝相を思う。
美奈子の寝相だって、きっと悪いわけではないはずだ。
隣で眠る人のことを気遣うあまり無意識に取った行動、なのだとしたら。
「本当……可愛いわね、あの二人」
あの背の高い彼女も、確か同じようなことをしていた。
となると、レイが彼女を看病しなければならなくなるのは、遠い未来のことではないかもしれない。
その時は、卵粥でも作ってやろうか、なんてレイは一人笑みをこぼした。
どうもひるめです。
なんていうか、美奈の寝相に関して描きたかったのになんでこんな長いことに……。
しかもなんだか分かりにくいですねヽ( ´ー`)ノ
えー……昔聞いたドリカムにこんな歌詞があったんですね、確か。
曲名は忘れてしまいましたヽ( ´ー`)ノ
……誰か分かる方いらっしゃるでしょうか……。
寝てる間に、隣の人に毛布を全部かけちゃうとかさ。
自分は隅っこで丸まってるとかさ。
可愛いじゃないのさ。
そんな可愛い美奈亜美をそっと見てるレイちゃんとかもいいなぁなんて。
美奈亜美とまこレイは互いに初々しいっていうか純粋っていうか。
……あれ、前回のSSを書いておいてそれはないか←