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どうも、ひるめです。

季節の変わり目って体調崩しやすいですよね(遠い目
なんだか気づけばヴィーナスがひたすら動き回るお話になっていたりいなかったり…次回からジュピターがちょっと動く予定。

続きから前回のログでございますm(__)m







さよなら。

 

彼女は、そう言った。

 

あの時。

 

今まで見たことないような。

 

とびきりの笑顔で。

 

静まり返った廊下に落ちる、自分の足音。
性懲りもなくやってきたと知ったら、彼女はどんな顔をするだろう。
しかし、ジュピターは引き返す気などなかった。
たとえ、拒絶されたとしても、たとえ――あの偽りの笑みを浮かべられたとしても。
世話役というのはそういうものだ、と勝手に言い訳をして、ジュピターはマーキュリーの部屋を目指す。
普段通り軽くノック。
それから、部屋から響く返事を聞き届けてドアを開ける。

「マーキュリー?」

部屋には外からの薄明かり以外、手がかりが一切ない。
確かに声がしたはずなのだが、それでも輪郭さえつかめない部屋に不安を覚える。
部屋に響くアナログな時計の音が、今はやけに大きく聞こえた。

「……何か、用?」

部屋の奥から聞こえる、いつも通りの冷たい声。
いつものようにベッドに身体を横たえているのだろう、やっとジュピターは安心する。
彼女の声は決してジュピターのことを歓迎などしていないようだったが、そんなことはどうでもよかった。

「いや、特に用はないんだけど、な」

言いながら、声の聞こえてきた方にそろそろと移動する。
やがて闇に慣れてきた視界の中で、ようやくベッドと彼女の輪郭を捉えた。

「そうなの?」

じゃあどうしてわざわざ、とでも言いたげな声。
普段の彼女を思えば今夜はやけに素直で、それがむしろジュピターの胸をざわつかせた。
だがそこに拒絶の色がないのを見て、ジュピターはそっと距離を詰める。

「あー、その、調子はどうだ?」
「どうって……そんなにすぐに回復したりはしないわ」

ひらりと招かれた手に誘われて、ジュピターは枕元にそっと腰かけた。
こんな距離までマーキュリーが接近を許すなど、身の回りの世話をする時以外にはあり得ないことだった。
そんなことさえもマーキュリーが遠くなる前兆のような気がして、ジュピターの背筋を冷たいものが下りていく。

「……なんだよ?」

わずかに震えた自分の声は、聞こえなかったことにした。
そんなジュピターを知ってか知らずか、マーキュリーの右手がジュピターの左手をそっと握る。
握ったマーキュリーの手の冷たさに、ジュピターは内心どきりとする。

「ずいぶん、冷えてるな」
「いつものことよ」

また嘘をついている、とジュピターの直感が告げる。
マーズならば、彼女の嘘の正体まで把握してしまうのかもしれない。
そんな能力はジュピターにはないが、それでも虚言と本当の区別くらいはつく。
舞い降りた沈黙に、時を刻む針の音だけが煩い。
その音が自分の心音とちぐはぐなリズムを奏でるのを聞きながら、ジュピターはゆるりと握る手に力を込める。
今だけは、せめて。
そんなことをしても、マーキュリーの体温がそうそう上がるわけでもない。
足しにさえならないかもしれない行為だったが、何もしないよりマシだと思った。
このまま完全に沈黙に呑まれてしまったなら、紡ぐ言葉さえ失ってしまいそうだった。

「……温かいのね」

二人の間の温度は気づけばぬるくなっていた。
それでもマーキュリーはそれを温かいという。
その生ぬるさを少しでも留めておきたい。
マーキュリーの考えていることなど何も分からないが、それでも良い。

「なんだよ、突然」
「……ふふ、変ね」

あり得ない。考えられない。あのマーキュリーが――笑って、いる?
目の前で微笑む彼女の表情を、ジュピターは信じられない気持で見つめた。
その笑顔と、両手の中にいる生ぬるさに背中を押され、ジュピターはやっと覚悟を決めた。

「……もしかして、聞いたのか」

重たい重たい問いだった。

「何を?」

そう問い返すマーキュリーの瞳は、何も知らない無垢な少女それのようだった。
今まで何度陰惨な現場を見てきたか分からない、何度修羅場をくぐりぬけてきたか分からない、そんな人間のそれではない。

「メンテナンスのこと、だ」

その瞳にどうしようもない居たたまれなさを覚えながら、ジュピターはやっとのことでそれを吐き出す。
ただ一つの単語が、こんなに重たい言葉だとは。

「あら……いつものことでしょう」

今回だけ何かが違うわけでもあるまいし。
その声のあまりの明るさに、ジュピターは思わず顔を上げる。
薄暗い部屋の中で、マーキュリーの表情の詳細を読みとることはできない。
だが、それが既に死地に行くことを覚悟しているかのような色を帯びていることだけは分かった。
腹の奥に鉛が溜まっていくような感覚。
未だつながったままの手をもどかしく振りほどき、ジュピターはそのまま細い身体を抱き寄せる。
拒絶されるならそれまでと覚悟を決めた行動だったが、腕の中の抵抗は一切返ってこなかった。

「……今日は、らしくないな」
「そう、かしら」
「あぁ」

自覚がないわけではあるまいとも思ったが、それ以上踏み込む勇気もない。
知ってしまえば、後には引けない。
そんなことを思わせる何かが、今夜のマーキュリーには宿っていた。

「一つ、聞いてくれる」
「ん」

特別な言葉など必要ない。
それだけで、通じる自信はあった。
それだけ長い時間を、共有してきた自信はあった。
腕の中の存在が、力なく揺れる。
それを少しでもつなぎ止めておこうと、ジュピターは腕に一層力を込める。

「……私ね、触覚がないの」
「……え」
「触覚、よ」

痛みとか、冷たさとかを、感じないの。
そう言われても、一度ではぴんと来なかった。
呆然とするジュピターの耳を通り抜けていく、カチカチと時がこぼれていく音。
触覚がない、それは一体どういう世界だというのだろうか。

「……じゃあ、アンタは」

何を触っても、感じないというのだろうか。
今、自分が触れていることも……?

「そんなこと、全然」
「言ってなかったものね」

茫然とするジュピターの背に、ゆるりと細い腕が回された。
マーキュリーの言葉を理解した瞬間に、熱いものが頬を伝う。

「どうしてあなたが泣くのよ」

困ったように眉根を寄せて、そんなところもらしくない。
そんなことを思いながら、ジュピターはごしごしとマーキュリーの肩先で流れてくるものを拭う。

「だって……だって、そんなの」

――生きているなんて言えないじゃないか。
そう言おうとした言葉はしかし、言葉にならずに喉を滑り落ちていった。
それでは、マーキュリーはもう味わうことがないのだろうか。
暑い日に触れる、あの水の心地よさも。
寒い日の朝、地面に降りる霜の冷たさも。
窓から吹き抜けていく、風の爽やかさも。
大切な人に触れた時の、形容しがたい温かさも。
今、自分が触れている、腕も。

「悲しすぎる……そんなの、そんなの」
「……私が、望んだことだもの」

いつからだろう。
いつから彼女は、五感の一つが封じられた世界で生きていたというのだろう。
望んだことだと彼女は言うが、本当にそうだなどとは思えない。

「だって――」

何も言わなくていい、というように、マーキュリーが唇に指をあてる。
その様子を眺めながら、ジュピターは自分にできることなど何もないのだと悟った。

「最後に、一つだけ」

そう言いながら差し出された人差指。
きょとんとするジュピターをよそに、マーキュリーは笑った。
口を開けて、と言われ、されるがままに指示に従う。
彼女の指が口内に侵入してきた、そう思う間もなく、頬に走る鋭い痛み。

「……ッ」

驚きのあまり口を閉じてしまいそうになるのを、なんとか堪えた。
彼女の細い指を、噛み切ってしまう訳にはいかない。
やがてゆっくりと引き抜かれるそれは、何がしたかったのか分からない。
彼女に何か明白な意思があったとすれば、それはジュピターを傷つけることだけだっただろう。

「な……ん――」

抗議の声をあげようとしたジュピターだったが、それも言葉にはさせてもらえなかった。
そのまま驚くほどの力で引き寄せられ、唇に柔らかく触れるモノ。
その状況についていけないジュピターは、ただされるがままになるしかない。
呆けた口から侵入してくるのは、まるで何か別の生命が宿ったかのようで。

「……ふ……ぁ」

脳髄が痺れ、出会ったことのない感覚に戸惑う。
だがその甘い刺激も、彼女の指がつけた傷跡をえぐられる痛みに塗りつぶされた。
飛び上がりそうなほどの痛みに、思わず彼女の身体を引き離しそうになる。
力づくで抑え込まれていたジュピターの体は、しかしそれが合図だったかのように突き飛ばされ、解放された。

「な、にを……」

痛みだけではない、甘ったるい砂糖でも頭の中に流し込まれたようだった。
次々と与えられた刺激の落差に、さすがのジュピターでも眩暈を抑えきれない。
ふらりとその場に倒れ込みそうになるのをかろうじて堪え、ジュピターはマーキュリーを問いただそうとした。
しかし次の瞬間、ジュピターは目の前の状況に、文字通り言葉を失った。
先ほどジュピターを突き飛ばした右手が、だらんと垂れる。
マーキュリーの瞼が、まるで息を引き取る直前のように緩慢な動きで閉じていく。
それは電池の切れた玩具のようで。
一瞬遅れて、ジュピターの脳裏を"メンテナンス"の文字が走る。
始まってしまったのだ、と理解した時にはもう遅い。

「あ……あ……」

ジュピターの喉を、自分の声ではないような音がこぼれ落ちていく。
その夜、へたり込んだまま動けないジュピターの前で、マーキュリーの目が再び開くことはなかった。
posted by ひるめ | 00:54 | 拍手ログ | comments(0) | trackbacks(0) |
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