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春なのに
ひるめです。
春ですねってそんな美奈まこ。






そろそろコートを薄手のものに変えようかと思うような陽気も、日が沈めばひっそりと息を潜めてしまったようだった。
柔らかく降りしきる霧雨はまだ止む様子はなく、ぬるく通り過ぎる空気にはまだ一つ前の季節が香る。
どこからか、甘い匂いがしていた。
湿った大気は、恐らくずっと遠くにあるであろう何かの匂いを運んできている。
すん、と鼻を鳴らして、何の香りなのだろうと想像する。
伝播する間に様々なものと混じり合ったのであろう香りは、既にまことの知る植物のどれにも当てはまらなかった。
ふと見上げたマンションの窓の向こうで、ふつりと灯りが消える。
その向こうで、おやすみという言葉が交わされていたら良いのに、と思った。

「ハロー、不良少女さん?」

耳慣れた声が、早めかけたたまことの足を止める。
毎日のように親しんだ声、その響きだけで誰のものかはすぐに分かった。
けれど、こんな場所で、こんな時間に聞くのはひどく新鮮だ、と思った。
かつ、と乾いた音が近づいて、まことの隣でぴたりと止まる。
湿った空気の塊が、のそりと甘い香りを押しのけた、気がした。

「散歩?」

それにしては厳しい顔、とその声と共に、雨粒の冷たさが、"S"の細やかな音に変わった。
顧みるまでもなく、傘を差し出されたのだと理解した。

「何だっていいだろ」

ぶっきらぼうに答えながら、そっと答え合わせのように振り返った。
予想通りと言ったように、傘を持つ手とは逆の手をひらりと翻らせて、そこに美奈子は経っていた。
じじじ、と微かな音が耳を引っ掻いて、微動だにしない傘に遮られた向こうで冷たい光が明滅する。

「散歩ってことにしといてよ」

そう、とまことの答えを受けた、美奈子の動きに呼応して傾げられる傘。
彼女の肩口を、ひたひたと雨粒が濡らしているのに気づいた。
けれど、差し出されたままの傘を押し戻そうとした、腕は驚くほど重たかった。
ぬるりとした大気は、いつもより粘度が高い。
一回り大きくなった雨の粒子が、乱暴に傘を叩いて落ちていった。

「まあ、なんだっていいけど」

ざらついた音にかき消されそうなささやかさ。
形ははっきりとしなかったが、まことにはその意味が十分に伝わった。
逃げ道を作ってくれたのは、意図的なのか、無意識か。
足元に落とした視線の先で、きらきらと地面が街灯を反射していた。
ねえ、と唐突に落ちた声、きっと美奈子も同じものを見ている。

「帰らないの?」

瞬かせた瞼の裏で、輪郭を失った白が揺らめいた。
意図を問うほどのこともない明確な言葉のはずが、答えに窮した。

「……帰るよ」
「嘘ばっかり」

曖昧な息はぴしゃりと跳ね返されて。
反射的に顔を上げ、出会った美奈子の視線がまっすぐこちらに注がれていたことが意外だった。

「良い子も悪い子も、帰らなくちゃ――家に」

まことの内を見透かしたような、誰かの背中を押すような、美奈子の言葉はそんな質量を持っていた。

「そんな怖い顔してないで、ね」

その言葉は、若い薔薇のトゲのようだった。
緩やかなアーチに遮断された、ここだけがぽっかりと時間に置いて行かれたような錯覚。

「美奈こそ。何してたのさ?」

こんな時間に、というのはお互い様のはずだった。
そうね、と考えこむように揺れた傘から、ぽろぽろと零れた水滴がまた、彼女に当って弾ける。
その欠片が、青白い光に照らされて散った。

「ちょっとね。そんな日もあるのよ」

散歩よ、と答えてくれた方がよほど良かった。
けれど彼女の唇はそうは動いてくれない。

「帰りましょう?」
「……言われなくても」

空気の振動が意味を成すほんの一瞬、言葉に詰まったのを彼女は見逃してくれなかった。
嘘ばっかり、と同じ言葉を吐いて、仕方ないわね、と頬を緩ませて、彼女の手がまことの手に重なる。
さして強くはない力が、ゆっくりとまことを導いた。
地面に吸い付いたように固まっていた足の筋肉が、ゆるりと解れていく。

「送っていくわよ」

つながった温度は、濡れているくせに確かな熱量を持っていた。

「いいよ。ちょっと遠回りだろ」

口では断りながら、彼女があまりにも温かいものだから、その掌を振りほどくことができなかった。
大した距離じゃないでしょうと言う、彼女の指がなぞる動きに少しずつ絡めとられる。

「いいって、言ってるじゃないか」
「傘もないのに?」

繋がった手はそのままに、重力を感じさせないステップで美奈子はまことの行く先を遮って笑う。
そんな彼女を、不思議と邪魔だとは思わなかった。
むしろ安堵したなんて言ったら、彼女はどう思うのだろう。
薄布の向こうで、雨粒はまだ鈍く音を立てている。

「ねえ、まこちゃん?」

ぱしゃりと足元で音がした、水たまりにはきっと波紋が広がっている。
気づけばゆるく吹き抜ける風は表情を変えていて、ふわりと頬を撫でる香は軽く甘やかだった。

「大丈夫よ」

強さを持ったその言葉に、根拠などきっとない。強いて言うなら、彼女の指先に宿る力が証拠だった。
何が、と知らぬ顔をしようとしたけれど、彼女の指先はそれを許してはくれなかった。

「だから、早く帰りましょう?」

言いながら、その片手が器用に傘を閉じる。
気づけば"s"の音は止んでいて、後にはすっかり洗われた地面と大気だけが残っていた。

「言われなくても」
「本当に?」

誤魔化すように彷徨った視線を仕方なく持ち上げると、薄雲に遮られた月が浮かぶ。
今日の空がこんなにも澄んでいたなんて、今の今まで気付かなかった。

「本当だよ」
「それなら、良いけど」

どこから漂ってくるのか、空気は甘い色を強くしていて、それに気をとられていたほんの一瞬。
無防備だったまことの懐に、自分のものでない体重が加わった。

「……美奈だって」

間近で匂い立つ彼女の香りが、大気と混ざり合って鼻腔を通り過ぎていく。
それらで体を満たしながら、いつ雨が止んだのだろう、とぼんやり思った。

「ちゃんと、寝ないと」

そうね、と言った彼女の瞳が、まこと肩ほどの位置から真っ直ぐにまことの横顔をを映している。
幼子をあやすかのような掌は、何度も背骨の辺りを往復していた。
徐々に肩の辺りが弛緩していくのを感じながら、ようやく、帰ろうか、と絞り出した。

「落ち着いた?」

こくりとまことが頷いたのが合図だったかのように、ぽん、とその掌が頭に触れた。
思い出したかのように点滅した街灯が、彼女の鼻立ちを映し出す。

「また明日ね」

送っていくと言いだしたくせに、ふらりと置かれる距離。
一歩にも満たないそれが、途方もなく遠く感じた、しかし引き留める言葉も出てこない。

「雨、止んだみたいだから」

まだ、月光は雲に遮られたままなのに。

「おやすみ、なさい」

半瞬、彼女の眉が下がったように見えたけれど、気のせいと言われればそれまでのような、そんな些細な表情だったから。
ひらりと広げられた指先に、まことも軽く手を挙げて応えた。
くるりとその踵が回転したのを見届けて、まこともそっと後ずさる。
思わず蹴ってしまった爪先で、水たまりがまた音を立てた。






どうも、ひるめです。
「春だから」と音がしたので「春なのに」と返したくなりました……が、ちゃんとお返事になったかどうか。
posted by ひるめ | 00:48 | その他(セラムン) | comments(0) | trackbacks(0) |
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